石叫■            「涙の結婚式」

この二月二十日の大統領記念日に娘の結婚式が、ロサンゼルスのダウンタウンであった。娘の待ちに待った生涯一度の晴れ舞台だ。緊張で心が引き締まる。

いつになく多い交通量のせいで式の十五分前に着いたのだが、娘は純白のウェディングドレスに身を包んでいた。きりっとした美しさだ。今日、娘を送り出す日だと思うと愛しさが募ってしまい、いつまでも娘のそばに居たいと思う。だが、もうすでに男女七人づつの新郎新婦の証人たちが入場を待っている。 

いざ結婚マーチが始って歩きだしたが、娘のウェディングドレスのすそ幅が広くて僕の足にからまり、歩きづらくて二人ともこけそうになったりした。それでも何とかはやる思いを抑えながら娘を新郎の鶴田大地君に手渡すと、エヴァーグリーン・バプテスト教会副牧師のジョージョー・マー牧師が、「誰が新婦を新郎に与えますか」との問い掛けに「妻と私です」と応えて席に着いた。その僕の隣の席には妹陽子の手によって節子の写真が置いてある。節子は母として、娘の結婚式に出ることをどれだけ夢みて生きてきただろうか。だが一ヶ月前に節子は召され、それが叶わなかった。だからメッセージの中で家内のことを言われるたびに隣に置いてあった写真を僕の膝に置くのだが、節子の無念を思うと、それが痛みとなって僕の心を刺し、涙がとめどなく頬を伝うのだった。節子に一度でも良いからウェディング・ドレスを見せてあげたかった。娘のお化粧直しに家内と僕の志木教会での三十年前の結婚式の時に着たと同じ着物姿を見せてあげたかった、などと考えると、家内が不憫でならなかったからだ。

結婚式の二日前、何度も娘と二人で結婚式の準備でさえも泣いてきたこともあって、結婚式では「弱気を起こさないで頑張るぞ」とガッツポーズをして約束したばかりなのに、この体たらくだ。セレモニーの中で娘が僕に宛てて書いた手紙をブライズメイドのダテ・エイミーさんが読んでいる間、僕は声を殺して泣いていた。証人たちも泣いていた。その頂点が式も食事も終わりかけた頃の花嫁とのファースト・ダンスであった。一週間前に一度だけ数分、娘とは曲なしで踊ったことがある。だが、初めて聞く曲で娘を抱いてステップを踏み出した僕は、もはや自分を抑えることができず、むせび泣きながら踊っていた。

 イザヤ書に「花婿が花嫁を喜ぶように、あなたの神はあなたを喜ばれる」(62:5)とある。天において主イエスは私たち全ての者を最愛の花嫁のように感動の涙で迎えてくださるというのだ。それは踊り出すような感動に違いない。