石叫■           「アン・フリーゼン」

 今年九月に私をキリストの信仰に導いてくれたアン・フリーゼンセン宣教師の記念会が弘前福音キリスト教会で開かれた。
僕は出席できなかったため、代わりに実家の姉が出て、その日に出版された記念誌を先日送ってくれた。
何度も読み返していると当時のことがあたかも走馬灯のように思い出されてきた。

先生に初めてお会いしたのは、僕が弘前ライオンズ・クラブの主催でカナダ、ヴァンクーヴァー大学に一年間全額支給の留学ができるという話を聞いた1972年の時だった。
それには英会話の試験が必要であった。そこで一体どうしたらそれが出来るものかと一般教養の英語の先生に伺ったところ、早速アン先生を紹介してくださった。
先生はOMFの宣教師として弘前に赴任したばかりで、大学のキャンパスに近い自宅ですでに英会話クラスを始めていたので、それに参加することになった。
以来、一年間、英会話の特訓に励むことになった。だがクラスのテキストはもっぱら聖書だった。
それは信仰のない理系の僕にとっては決して心が開かれる時ではなかったが、
先生から醸し出される高貴な何かが僕の心を捉えていたことは確かだった。
残念ながら、そこでは信仰をもつことはなかったし、ライオンズ・クラブの試験結果も補欠だった。
そんな中で姉がニュージャージーに居たこともあって僕は自費で留学する道を選び、旅費稼ぎのために埼玉県草加市の兄のアパートに転げ込んで、半年間バイトすることになった。
そんな中、1973年7月にアン先生を通して東京のもう一人のフリーゼン先生が僕に「ぜひ会いたい」という電話をくれた。
そこで出かけたところ、札幌オリンピック・フィゲアースケートで銅メダリストのジャネット・リンの集会だった。
二日間の集会後についに僕はキリストを信じたのだった。

 アン先生は何度かここサイプレスの拙宅を訪れては僕たちの牧会を励ましてくれたり、オレンジ郡教会では礼拝のご用もしてくださった。
そして昨年九月、引退先のヴァンクーヴァーーで召されたのであった。享年八十七歳であった。

英会話クラスでアン先生は淡々と聖書を語り続けた。誰に対しても明るく親しく語りかけられた。それ故に多くの学生たちから慕われ、尊敬され、愛された実に素晴らしい人格者であった。
ローマ書に「あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい」(13:14)とある。
先生はキリストの歩まれたように歩んだのだと今にして思う。手許の記念誌が異口同音にそれを物語っている。
不肖ながら、少しでも先生の愛に報いたいと決意を新たにしたひと時であった。