石叫■           「晩秋の名月」@

 中秋の名月はもうとっくに過ぎてしまったが、二ヶ月遅れの晩秋の名月を見ながら思うことがある。それは過ぎしこれまでの家内との日々のことだ。煌々と照る晩秋の月にはとかく風情があり、時を忘れて物想いにいざなってくれる。

十月十日の早朝、裏庭の草花に水を遣る時だった。月下美人一輪がものの見事にその大輪の花を咲かせていた。良く見るとその陰で二輪ほどがうなだれている。月下美人は一晩で枯れるから、その前の晩に花を咲かせていたのであろう。わが家では誰もその美しさを愛でて上げることができず、かわいそうなことをした。だが、目の前の大輪は昨晩から夜通し咲いていて、早朝になってもまだその美しさをまだしっかりと留めていた。晩秋の名月の前に人知れず振る舞うその乳白色のまぶしいまでの美しさは、むしろ艶やかと云って良いほどだ。

翌日は満月で、節子と二人で「今日もまた月が美しいよ」と言っては、月が東の空に上るのをうっとりと観ていた。だが、その夜は月を観賞しようという心の余裕がもてず、看護で月のことはすっかり忘れてしまっていた。翌朝のこと、娘を職場に送るためにガラージのドアーを開けると、西空にはまだ有明の月が残っていた。いつも青白く妖しく光るスバルは満月の明るさのためにほとんど見えず、土星も精細がなく、オリオンとその左下に輝くシリウスだけが、有明に華を添えるように光っていただけだった。だが、その月に魅せられた僕は西向きの窓のブラインダーを開けて、ポツネンと病める妻との来し方過ぎにし日のことを想い浮かべていた。それはまた何とも言えぬ至高の時でもあった。

何人かの人たちに会話の成り行きで次ぎのように質問されたことが何度かある。「もし、奥さんが心臓移植や人工透析という大病がはじめから分かっていたら、結婚してましたか?」と。一見、意地悪な質問にも思えるし、夫婦関係の濃淡を問われる訳だから微妙な世界ではある。だから応えに窮してしまう。

かつて作家の三浦(堀田)綾子さんと三浦光世さんが結婚を前にした時、光世さんは次ぎのように自問したという。以前のようにこのまま何年もベッドに伏すようになっても果たして妻を愛し続けることができるかものかどうかと。実は彼にその自信はなかった。自分のがんばりではどうしても乗り越えられない時が来るだろうと思ったからだ。そして祈りの中で自問自答している時、自分ではできないからこそ、神に信頼して夫婦心を合わせて乗り越えてゆくのが夫婦ではないかと神から示され、彼は結婚に踏み込んだのだった(続く)。