石叫■        「あるバングラディシュ人の心」

先日、NHKのBS特別番組で、バングラディシュ人のアクタール・ホーシェンさんが、東日本大震災で津波や震災の被害に遭った被災者たちのために自分の所有するホテルを開放し、救援活動をしているドキュメントが放送された。 

彼は25年前に来日してカレーの屋台を始めたところ、それがヒットして今では東京に11店舗とホテルを経営するまでになったヤリ手の経営者である。その彼が祖国のバングラディシュに帰って日本のために援助をしてくれと訴えた。商社マンにも、大学生にも、そして貧しい村人にもカンパを募った。一年間の平均収入が一万円程度しかないという世界でも最貧国の一つである彼らに援助を願ったのである。それをしても大きなお金にはならないかも知れない。それでもホーシェンさんは彼らに訴えた。誰にでも訴えた。なぜかというと、今までバングラディシュでは洪水の度ごとに、日本がどこよりも率先して援助をしてくれたからであった。学校も建ててくれたし、何かにと援助の手を差し伸べてくれた。今、その日本が未曾有の困難の時だからこそ恩返しをしたいと考えたのである。ホーシェンさん自身も以前は川沿いに住んでいたのだったが、台風による洪水のために家が流され、その度ごとに避難生活を強いられてきた。だから家を失って帰れない被災者たちの気持ちが痛いほど分かるのであろう。

ある人が10ドル相当のその日の収入全部を惜しげもなく捧げた。それを奥さんに恐る恐る語ったところ、「なぜもっとあげられなかったのか」と糾(ただ)されたという。そして思うのだ。その十ドルは彼らにとって実に大きな額だったに違いないと。もしかしたら、それはその家族の一週間分の収入だったのかも知れない。でも、彼は日本の困っている人々にこのような時にしか恩返しができないのだと知って、ベストを尽くして最善のものを差し出してくれたのである。それは彼らの命を差し出すかのような犠牲的な心からの捧げ物であった。

ルカ21章に2レプタを捧げたやもめの話がある。それが彼女の全財産であった。それに対して主イエスは「あの貧しいやもめは誰よりもたくさん入れたのだ」(3節)と言われている。2レプタは現在の1セントにも満たない額であり、パン一切れも購入できない額ではある。でも彼女はそれまでの主の豊かな恵みによって生かされてきたことを思い、これからもその主に信頼して生きてゆくためにも持てる全てを捧げたのだった。それは彼女の真心からの信仰の捧げ物であった。果たしてお互い、そのような真心を主に捧げているだろうか?