石叫■          「夫が妻に優しくなれる時」@

 家内・節子はこの9年間、人工透析をしてきた。最初の8年間は腹膜人工透析で、お腹に管を埋め込んで大量の溶液を入れ替えることによって体の老廃物を取り、8時間の透析をする方式であり、今年から一般に行なわれる血液循環透析をしている。前者だと肺に水が溜まるので呼吸が難しく、後者にした訳だ。

この透析のためには週3回、近くのダウニー・ランディングまで足を運ぶ。家内はその細い腕に思わず叫び出すほど苦痛を伴う2本の太い針を差し込み、4時間血液を循環させ、その中の老廃物を取り除くためにジッと長椅子に横たわっていなければならない。実はこの一ヶ月間ほど家内の透析が従来のようにスムーズにいかない。4時間の透析が3時間で終わったり、2時間で終わったりする。というのは長時間の透析のために呼吸が困難になったり、血圧が乱れたり、背中や腰が痛くなってもうジッとしていられなったりするからだ。時にはあまりの苦痛で失神までしたことがある。その時には目を開けたまま意識を失い、もしかして死んだのではないかと思ったほどだった。もっともその原因は肺炎になったからであるが、それだけ長時間の透析というのは心臓に負担がかかるし、家内のように体力が無い者にとっては大変な苦痛を伴う仕事となる。

つい最近まで体調の良かった時は、僕が家内を連れて施設まで行き、4時間後には仕事帰りの娘がピックアップしてきた。ところがベッドから落ちて急遽歩行器を使うようになってからは右手が腱鞘炎になったり、同じ箇所に移植経験者特有のガンが顔から転移したことによって、触っただけで飛び上がるほどの痛みを覚えてくるようになった。そうなると他方の腕から透析をしていることもあって、両手がまったく使えず、手元に置いたコップの水を飲むにも、自分の体を少しでも持ち上げることさえ誰か付き添いがいないとできない状態になってしまった。そうなってくると僕にとっては家内の付き添いのために一日のほとんどを費やしてしまうことになる。それのみか母の看護、家事一切、それに教会の仕事をこなしてゆかねばならない時に、一体、これから家内の看護が継続できるのだろうかと思い悩んだことも何度もあった。でも、幸い8月から息子が近くの大学で勉強を再開するというので、サンディエゴから引っ越して来て、私たちと一緒に住むようになり、週一回は彼が家内を透析に連れていってくれるようになった。更には娘も手の空く週末には透析に連れてゆくようになったりして、僕自身の重荷が随分と軽減されるようになった(続く)。