石叫■          「人工透析方法の転換」

1月18日のこと、家内はいつものようにダウ二ーにあるカイザーの腎臓科に定期検診のために行った。今回も就職待ちの娘が連れて行ってくれた。そこでお医者さんから言われた「血液中のカルシウムが異常に高すぎます。それに従来通りの人口透析ではもう腹膜の機能が十分ではないので、肺に大量の水が貯まってしまっています。このままだと奥さんは疲れすぎて体がもちません。緊急治療室に入って他の人口透析法に変えてください」。それから三日間、腹腔人口透析から血液循環人口透析に変えるために入院しなければならなかった。

腹腔人工透析を始めて今年が九年目に当たる。この透析は睡眠中の8時間、機械からお腹に管を通し、10ットル近い溶液を入れ替えして、体内の毒素を取り除き、腎臓の働きを代替するという方法である。でもここ数年前から右肺に水が貯まるようになっていた。腹腔に入ってくる溶液が腹膜からもれて肺に流れていたのである。長年この種の透析をしている患者さんに起こるという。

昨年末にUCLAから「今晩、移植ができますよ。早く来てください」という連絡を受けて、そこでオペのために様々な検査をした時に、肺に水が貯まっていることが判明した。それが何なのか。どこから来ているのか不明であった。人工透析からだとは予想がついたようだったが、その確証がないとオペはできないし、汚染されているものかも知れない。それで移植の話はお流れになった。後日、それは人工透析用の溶液だと判明したのだったが、もっとそれが早く分かって適切な処置をしていれば、オペができたのにと悔やまれたのだった。

そんなこともあって、肺に水が貯まっていると腎臓移植は難しいと判断した医師たちは、別の透析方法に変えた方が良いだろうと決断したのだった。つまり血液循環人工透析では血液中の水分を除去するため、肺に貯まっている2リットル近い水も数週間で消滅するだろうということだった。順調にゆくと四ヶ月から六ヶ月で腎臓移植が出来るでしょうということだった。移植希望を出して9年目にして、人工透析方法の転換が大きな希望となったことは確かである。

現在、人口透析方法の変更に伴い、週3回ダウ二―で透析をする。毎回、2ないし3リットルの水が除去される。この方法が体に馴染むまで3ヶ月を要するという。でも、家内が生きてゆくためには、この方法しかない。使徒行伝には「この人による以外に救いはない」(4:12)とあるが、人が生きてゆくための道というのは、限られている。ましてや永遠の神への道はなお更である。