石叫■           「父の学校」そのA

山を降りる前日、夜になって真っ暗な中で祈っている時、娘の言葉が響いてきました。「もう、自分は何も出来ない! 昔の自分を期待しないで!」この言葉は娘がよく言っていた言葉でした。いろいろな事に挑戦し、明るく、元気だった娘が本来の娘だとずっと思っていました。ですから、何もしないでいる娘を認めたくなかったのです。娘のが響いてきた時、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ12:15)と言うみ言葉と共に、十字架の下で泣いている娘と一緒に涙を流されているイエス様の姿が浮かんできました。「ああ、泣きたい時は泣いてもいいんだ。何も出来ない時だってあるんだ」「ああ、娘は今のままでもいいんだ」と思いました。娘がとても愛おしくなり、涙が溢れて止まりませんでした。 しかし、まだその時は、私は家庭の長としての自分の役割が分かっていませんでした。この問題の本質を明確にしてくれたのが「父の学校」でした。子供の頃、「いやだ」と思っていた父の性格を見事に受け継ぎ、父親になって全く父と同じことをしている自分に気がつきました。仕事のことを、一切妻に話したことがありませんでした。どうしようもない時は、直接帰宅せず、いつも酒を飲んで酔っ払って帰っていました。自分の弱さを見せたくなかった。「男は泣いてはいけない。強くあ」というこの世的な男性文化にどれほど汚染され、束縛されていたかに気づきました。妻娘達の人格も尊重せず自分の考えを押し付けていました。そんな私に対し、「一生懸命祈っていた」と後になって、妻から聞きました。私は祈られていたのでした。

新しい父親像を学ぶ 父の学校に参加して初めて、家庭における父親像が明確に示されました。最も大切なことは、「家長として正しく家庭を建てることであり、家庭の祝福の基は父親にあり、妻を愛することである」ことが明確に示されました。妻に対する感謝の気持ちが湧いてきました。それ以来、娘達との関係が徐々に変わりました。次女が、実に13年ぶりに一緒に食事をするようになり、毎日の出来事を私と話すようになりました。これほど、嬉しいことはありません。娘に「最近、目が輝いているね」と言ったら、「お父さんが活き活きしていて、とても嬉しい」と言ってくれました。父の学校を通し、共に賛美し、悔い改め、祈る時、今も生きて働かれる、愛なる神様を身近に感じます。「父の学校を通していただいたこの素晴らしい恵みを日本中のお父さん達に伝えたい」その思いが湧き上がっています。「主よ、私が父親です」