石叫■        「アーバイン宣教五周年記念」

この日、アーバイン日本語キリスト教会は五回目の誕生日のお祝いをする。心からおめでとうと申し上げたい。開拓の教会で五年という数字は実に金字塔である。しかも一度も休むことなく礼拝が守られてきた。これは当然と言えばそうなのだが、何よりもこれは教会関係者の献身と共に、この群れのために背後で祈ってくださった主にある兄弟姉妹たちの愛のとりなしの結果に他ならない。いまそのことを思って心から皆様にお礼を申し上げると共に、主なる神に心からの感謝を申し上げ、賛美をし、一切の栄光を主にお返しする次第である。

このアーバインをスタートするためには産みの苦しみがあった。乗り越えなければならないハードルがあった。その最大のハードルはオレンジ郡教会を説得することであった。僕は皆が一致して、これに賛成してくれるものだと少しも疑わないで総会を招集したのであったが、そうではなかった。でも、そのような中で乗り越えることができるのはただ信念だけである。このアーバイン開拓は神のみこころだという確信である。それだけが拠って立つ柱であった。

パウロはTコリント書で「愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力をそそいで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦が無駄になることはないと、あなたがたは知っているからである」(15:58)と励ましている。ここでの主のわざとは、周りには信仰を揺さぶる多くの闘いがあるが、それらのものに左右されない力強い礼拝であり心からの賛美である。

礼拝に出るということは、いい加減なことではできない。週に一度のしかも日曜の午後である。家族の理解がなくてはとうてい続けられないし、自分の都合もあろう。それらのものを乗り越えなくては礼拝は続かないからである。そして、そのような継続的で真実な礼拝だけが後に続くものを起こすのである。だから、それらの人のためにも揺るがない信仰を持ち続けようではないか。

愛する者よ。アーバインにとっての宝は信仰者の群れである。まだまだ小さな群れであるが、主はそのような私たちに、「恐れるな、小さな群れよ、御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである」(ルカ12:32)と語ってくださっている。どんなに小さくてもそれは問題ではない。ただそこで生き生きとした愛ある交わりがなされるかどうかが問題なのである。そのことを思いつつ次の創立記念日に至るまで、共に心を一つにして励もうではないか。