石叫■             「靴を脱げ」

阿川弘之著の「高松宮と海軍」に触れる機会があり、そこに高松宮が硫黄島を訪れた際の敬虔な態度に心の目が開かれる思いがして、実に感動的であった。

「今から24年前のことだが、昭和46年3月、(橋本龍太郎が)厚生省政務次官の時、その希望が叶い、高松宮様と一緒に海上自衛隊のYS11で硫黄島へ飛んだ。新しく発見されて、未だ整理の済んでいない洞窟があった。米軍が火焔放射器を使い、奥へ逃げ込む日本兵をブルドーザーで生き埋めにしようとしたため、苦しみもがき、土掘って出ようと試みた者みな、窒息死の状態で、その骨が入り口周辺に折れかさなり積みかさなっていた。じかにありのままをご覧願うのが一番いいと思って、事前に余計なことは話さなかったので、殿下は何の予備知識も無いまま、洞窟の前へ立たれた。一眼見てハッと息つめられる気配があり、やがて地べたに正座して、両手を突き、首を垂れ、ジイッと瞑想状態に入られた。同行の厚生大臣、政務次官、その他の誰もが電気をかけられたようになり、何を申し上げることも出来ず、ただうしろに立ちつくしていた。どれだけか、大変長く思える時間が経過し、一と言も言わず立ち上がられた殿下を、皆で次の壕へ案内した。さきの新発見の壕は、到底中へ入って視察してもらえる状態ではなかったが、今度のなら、整理が終わっている。それでも、収集した骨の小片があちこちに散らばっていた。先導の者につづいて洞窟内へ入りかけて、宮がちょいとためらう様子を見せられた。おそらく、土足のまま戦死者の遺骨の上を歩くことにこだわりを感じられたのであろう。つと、靴を脱ぎ靴下をはずし、素足になって、それから殿下の壕内視察が始まった。硫黄島には海上自衛隊の駐屯基地がある。隊員たちに聞いてみたが、『此処ではみんな、止むを得ざることとして、骨を靴で踏んで歩くのが普通となっており、素足で壕へ入って行った人なんかこれまでありません』との話だったと」

高松宮は当時の日本のリーダーとしての立場を考えた時に、祖国のために、そのあたら命を捧げられた兵士たちの無念を思ったに違いない。そして彼らへの感謝とまた責任を思った時に、思わず靴を脱がざるを得なかったのであろう。

ヨシュアが軍勢の将に「あなたの靴を脱げ」(ヨシュア5:15)と言われ、ひれ伏す場面がある。聖なる者の前に立った時、人は自から靴を脱ぎ、身をただす行為に導かれるのである。その様なお方に日常の中で触れるという祈りこそ、私たちの信仰を敬虔なものにする神の知恵だと思うのだが、如何であろう。