石叫■             「良い日を」

「チッキン・スープ・フォー・ザ・ソウル」という本がある。先日、家内の薬を購入するために近くのドラッグ・ストアーで順番を待っている時に、カウンターで見つけたものだ。いつも説教や「石叫」のために資料がないものかと鵜の目鷹の目で新聞・書籍・雑誌等に目を通す者としては、そこに今週語るメッセージとしては、ピッタシだと思われる具体的例文を見出したのだった。

クリスマスの2週間前という、皆がもっとも気ぜわしく、忙しくしている時期のフロリダの、とある郵便局でのことだ。その日はいつになく蒸し暑かった。しかも、たまたまその日はエアコンが壊れていた。列をつくっている人々の多くはクリスマスの贈り物の箱を手に持ったり、あるいは肩にかついだりしてカウンター越しに忙しく走り回っている3人の局員を何するともなく見ていた。ところがその日は普段より顧客が多いせいもあって、段々長い列になっていった。そんな中で待っている人々の雰囲気が次第に険悪になっていった。嘆息が出る…足をならす…愚痴がでる…いらいらする…ところが、そんな中でも輝いている人がいた。それは私の前に並んでいた銀髪の紳士だった。「あなたは、クリスマス休暇をどう過ごすのですか?」と私に尋ねてきた。それから二人の会話が始まった。そんな風にして順番が来るまで、様々な話をしたのだった。彼は孫にプレゼントを送るためにこうして並んでいるのだが、それが孫に喜んでもらえるかどうかが心配だという内容だった。ところが回りでは相変わらず人々がぶつぶつ言っている。やがて彼の順番がやって来た。局員が「すいません遅くなって」と言った時にも彼は、「良いんだよ」と労わるように応答した。やがて支払いが終っての帰り際に、局員が「良い日を」(Have a good day!)と言った時だった。その銀髪の彼は、「ところで、僕はこれまで悪い、パッとしない日なんて経験したことがないんだよ!」(Son, I’ve never had a bad day in my life)と応答したのだった。その直後、私にウインクをして出て行った。

 この銀髪の紳士は、これまで悪い日がなかったという。おそらく彼は日々意識的に、不平・不満に遭遇する時でも、それにそそのかされて気分を害したりしないように自分に言いきかせてきたのであろう。ヨハネ福音書に、「真理は、あなたがたに自由を得させる」(8:32)とある。周りがどんなに不満たらたらの状況であったとして、それから自由にさせられているというのだ。これが福音である。私たちが日々、良い日を送るように主が備えておられるのだから。